お知らせ


市民健康づくり講演会 平成19年10月20日(土)
腰痛と足の痛み(坐骨神経痛)について
講師 町田市民病院 リハビリテーション科部長、整形外科担当部長
石原裕和 先生
《講演要旨》
石原先生の写真

はじめに

 本日は、お忙しい中たくさんの方にお集まり頂き、まことにありがとうございます。
このことは、裏を返せば、非常に多くの方が腰痛や坐骨神経痛に悩んでいらっしゃるということだと思います。腰痛は、二本足で歩く人類の宿命といわれる悩みであり、ある程度の年齢になれば、どなたでも経験するものです。これから、腰痛の正しい診断と治療方針についてお話したいと存じます。


“良い腰痛”と“悪い腰痛”

 腰痛には、“良い腰痛”と“悪い腰痛”があります。“良い腰痛” とは、背骨に重大な病気がないのに起こるもので、腰椎周囲の筋肉の疲労や、骨、軟骨(椎間板)の老化現象がその原因です。一方、“悪い腰痛”とは、腰椎の病気に由来するもので、足の痛み(坐骨神経痛)を伴うことが多いようです。 代表的なものとして、椎間板が飛び出して神経を圧迫する椎間板ヘルニア、神経の通り道が狭くなり、腰痛、足の痛み、しびれを来たし歩けなくなる脊柱管狭窄症、骨粗鬆症で骨がスカスカになり、ちょっとした事で背骨が潰れてしまう圧迫骨折、などがあります。そのほか稀ですが背骨の化膿や癌により腰痛が起こることもあるので要注意です。

 腰痛の正しい治療方針として、まず“良い腰痛” か、“悪い腰痛”かを鑑別することが重要です。このため、腰痛を自覚したら、まず最初はぜひ整形外科医を受診してください。“悪い腰痛” の場合、いたずらにマッサージなどを続けていると病気をこじらせてしまいます。最初に十分な診察、レントゲン検査、MRIなどを行い、“良い腰痛”か、“悪い腰痛”かを、判断します。

“良い腰痛”と判断された場合の治療方針

 基本的に腰椎の年齢的変化や、腰椎周囲の筋肉が弱くなったためで、病気ではありません。よって、ある年齢を過ぎると、どなたも腰痛を経験します。腰痛の起こるメカニズムを理解し、腰痛を起こさないよう、うまく付き合っていくことが大切です。

 腰椎には、日常生活のなかで常に大きな負荷が加わっています。スウェーデン、イエテボリ大学整形外科のNachemson 教授らの研究結果によると、腰椎の椎間板内圧は、寝ているときでも3気圧、立つと7気圧、座位では10気圧、20kgぐらいの荷物を持ち上げる時には35気圧にも達することが解かっています(図1)。
腰痛を起こさないためには、この腰椎に加わる負担を軽くすることが大切です。そのためには、日常生活動作に注意し、背筋、腹筋強化の体操をすること、そしてコルセットを使用することが重要です。

図1
腰の椎間板にかかる圧力のグラフ

 日常生活動作の注意としては、寝るときのコツとして、膝をやや高くして休む、ふとんやマットレスは少し硬めを使います。横向きに寝る時は、両膝の間に枕をはさむと楽です。起き上がる時のコツとして、手と膝で四つんばいになり、背筋をまっすぐにしながら立ち上がります。座る時のコツとして、仕事で使う椅子は、背当て、肘かけのあるものにします。ソファーは適当ではありません。 椅子から立ち上がる時には、片側の足を出来るだけ椅子の後方へもっていき、背筋をまっすぐにするようにして立ち上がるようにします。立っている(立ち仕事)時には、交互に片方の足を低めの踏み台に乗せると、腰への負担が軽くなります。物を持ち上げる時には、しゃがみ込んで物を体に密着させ、立ち上がるようにします。

 次に重要なのが、背筋、腹筋の強化と、コルセットの使用です。重量挙げの選手は、なぜ100-200 kg のバーベルをあの様に持ち上げても、腰の骨が大丈夫なのでしょうか?その秘密が、鍛え抜かれた強靭な背筋、腹筋と、腰に巻いているベルトなのです。これは、背筋、腹筋とベルトが、樽板とタガのように腹腔内に大きな腹圧を発生させ、重量を支え、腰に加わる負担を軽減しています。 筋肉は、何歳になっても、強化することが可能なのです。まず、背筋、腹筋強化の体操を、寝る前に10-15分ぐらい行うよう努力してください。3ヶ月ほどすると、筋肉が付いてきたのがわかると思います。そして、腹腔内圧を効果的に上げるコルセットとしては、適切な弾力性を持った素材の臍までの高さのもので、着脱が容易、そして腰の動きを制限しないものが理想的です(図2)。
図2
理想的なコルセットの写真

 しかし、このように注意をしていても、急に腰痛が強くなり動けなくなることがあります。いわゆる“ぎっくり腰”です。正式には急性腰痛発作と言い、欧米では、“魔女の一撃”と言われています。急性腰痛発作が起こってしまったら、どうしたら良いでしょうか?まず、“良い腰痛” の場合、日常生活動作を制限するような腰痛は、数日から長くても 1週間ほどで必ず回復します(何もしなくても)。 よって、不安を抱かないことが重要です。また、腰痛があるからといって安静臥床すると、かえって腰痛が長引きます。無理のない範囲で通常の活動を持続するほうが、治りが早いことが分かっています。急性期には鎮痛剤や筋弛緩剤を使用すると効果的に腰痛を軽減します(早く治るということではない。風邪をひいたときの風邪薬のようなもの)。よく受ける質問として、温めた方が良いか、冷やしたほうが良いか、というのがあります。 これは、どちらでもかまいません、人によって、温めた方が楽になる場合と、冷やした方が楽になる場合があります。自分にとって快適な方を行って下さい。「腰椎牽引は腰痛の治療にはあまり効果がない」、という報告が多いようです。私も、最近はあまり行っていません。 腰椎マニピュレーション(整体、カイロプラクティック、AKA) は、急性腰痛の治療には向きません。慢性的な“良い腰痛”に対しては、多くの有効性を示す研究報告があり、試みて良い方法と思われます。

“悪い腰痛”と判断された場合の治療方針

 この場合には、整形外科医(脊椎専門医) のいる病院で、しっかりとした治療を行うことが重要です。手術的治療が必要になる場合もあります。先にも述べましたように、“悪い腰痛”を来たす疾患としては、腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、腰椎分離症、腰椎すべり症、変性側弯症、腰椎圧迫骨折、化膿性脊椎炎、腰椎腫瘍、癌の脊椎転移、など挙げればきりがありませんが、ここでは代表的な腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、腰椎圧迫骨折の三つについてお話したいと思います。

腰椎椎間板ヘルニアについて

 腰椎椎間板ヘルニアとは、先天的な素因や、加齢に伴う椎間板の変性、労働等による力学的負荷により椎間板の周囲にある線維輪に亀裂が入り、中の髄核というやわらかい軟骨が外に飛び出し、神経(坐骨神経の根元の神経)を圧迫する病気です。このため、腰痛とともに強い足の痛み(坐骨神経痛)を来たします。腰椎椎間板ヘルニアの治療方針として、まず椎間板ヘルニアの6-7割は、自然に治癒する病気であるということを知って下さい。この意味では、椎間板ヘルニアは“良い腰痛”と“悪い腰痛”の中間に入る病気だと思います。MRIによる観察で、ヘルニアが時間とともに吸収され、消失していくことが分かっています。私自身も、脊柱管のほぼ半分を占めるような大きなヘルニアが、半年の経過で、ほとんど消失してしまった例を経験しています(図3.4)。 しかし、すべてのヘルニアがこの様に消失するわけではありません。現在、なぜヘルニアが消失するのか、どのようなヘルニアが消失し、どのようなヘルニアがそうでないのか、また人工的にヘルニアを消失させることは出来ないか、多くの研究がなされていますが、まだはっきりした事は解かっていません。今後の研究成果に期待したいと思います。

図3
強い腰痛と左下肢痛の写真

図4
同じく強い腰痛と左下肢痛の写真

 現在、私のヘルニアの治療方針としては、急性期の強い痛みを、消炎鎮痛剤、筋弛緩剤、トリガーポイント注射、仙骨部硬膜外ブロック、神経根ブロック、等により和らげます。その後徐々に痛みが軽減し、日常生活動作に制限がなくなれば、そのまま腰に負担のかからないような日常生活動作の注意や、コルセットの使用で様子を見ます。 1-2ヶ月間各種の治療法を行ってもまったく症状の改善が得られず、また痛みのため仕事が出来ない等、日常生活動作の制限が強い場合には、手術治療を受けられることをお勧めします。腰椎椎間板ヘルニアの手術治療としては、レーザー髄核焼却術、経皮的髄核摘出術、内視鏡下ヘルニア切除術、椎弓部分切除ヘルニア切除術(ラブ法)、そして椎体間固定術、などがあります。 ヘルニアの状態や、腰椎の状態(安定性)、年齢や活動性により方法が変わってきますので、治療に当たっては専門医の判断を仰いで下さい。

腰部脊柱管狭窄症について

 腰部脊柱管狭窄症とは、加齢とともに椎間板が出っ張ったり、椎弓を結いでいる黄色靭帯が肥厚して脊柱管が狭くなり、徐々に神経が圧迫される病気です。特徴的な症状が、間歇性跛行です。これは、しばらく歩いていると、足が痛く、しびれて歩けなくなり、座ったり、前かがみで休むと、痛みやしびれが消失し、また歩けるようになるという症状です。 腰部脊柱管狭窄症の場合、椎間板ヘルニアと異なり、自然には良くなりません。年齢とともに徐々に症状が増悪してきます。まずは、消炎鎮痛剤や末梢血管拡張剤(プロスタグランディン)などの薬で症状が良くなるか見ます。1-2ヶ月間治療を行っても全く症状の改善が得られず、また痛みのため歩けない、足に力が入らなくなったり、尿が出にくい等、日常生活動作の制限が強くなってきた場合には、手術治療を受けられることをお勧めします。 腰部脊柱管狭窄症の手術には、腰椎開窓術、腰椎椎弓切除術などの神経除圧手術や、すべりや側弯など腰椎の不安定性が強い場合には、これに加えて腰椎後側方固定術や後方椎体間固定術などが行われます(図5)。 これも、それぞれの病態に応じた適応が重要ですので、専門医の判断を仰いで下さい。

図5
腰痛などの固定術の写真

腰椎圧迫骨折について

 骨粗鬆症とは、加齢、閉経に伴うホルモンバランスの変調、その他ステロイドホルモンの使用、糖尿病、胃切除後、運動不足などの原因により骨塩量が減少し、骨の強度が弱くなる状態で、本来無症状な病気です。しかし、骨粗鬆症が進み、骨塩量が正常の7割以下になってくると急に背骨の圧迫骨折を起こす頻度が増大し、正常の5割以下になると、ほぼ100% の人が圧迫骨折を起こすと言われています。 圧迫骨折を起こすと、強い腰痛、背部痛を起こし、いわゆる腰曲がりの原因となります。また、一度背骨の圧迫骨折を起こすと、骨粗鬆症の治療を行わない場合、2割の方は1年以内に2回目の骨折を起こすということも解かっています。腰椎圧迫骨折の治療方針としては、まず安静、コルセットの装着、そして消炎鎮痛剤の服用、ブロック注射などで急性期の痛みを和らげます。そして、すぐに骨粗鬆症の治療を開始することが重要です。 カルシウム分の多い食事を摂り、ビスフォスフォネート剤を服用します。これは骨を強くし、骨折を予防する効果があることが証明されている薬で、最近は週に一回服用するだけでよい薬も開発されています。また、エルシトニン(うなぎの副甲状腺ホルモン)なども有用です。そうして治療をしているうちに、骨折部は癒合し、腰痛は軽快します。しかし、3ヶ月以上たっても骨折部が治らず、痛みが続く場合があります(偽関節と言います)。 この場合には、人工骨(ハイドロキシアパタイト) や骨セメントを骨折部に移植する手術治療を考慮する必要があります。

最後に

 私のこれまでの経験をもとに、腰痛の対処法についてお話しいたしました。今回の講演が、皆様方の腰痛に対する理解を深め、少しでも生活の質の向上にお役に立てれば幸いです。

 (文責 石原裕和)

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